目次
若手の離職防止を実現する
ジョブ・クラフティングの戦略的な進め方
池田 めぐみ氏(筑波大学ビジネスサイエンス系 助教)
井上 由大氏(株式会社共立メンテナンス レジデンス市場開発部)
就職後3年以内の離職率は、新規高卒・大卒ともに30%超。企業の人事担当者にとって、早期離職が大きな課題となる中、離職の防止や若手活躍の戦略的な施策として注目されているのが「ジョブ・クラフティング」である。その重要性と、戦略的に取り組みを進めるにあたってすべきことはなにか。また、社員寮と離職防止の関連性などについて、筑波大学 助教の池田めぐみ氏と共立メンテナンスの井上由大氏が、ディスカッションを行った。
寮事業を展開。過去5年間で、約2500社の利用実績を誇る
1979年に創業した共立メンテナンスは、「よい朝のために。」をコーポレートスローガンとして掲げており、学生寮・社員寮「ドーミー」を展開する寮事業と、ビジネスホテル「ドーミーイン」の運営を中核に、さまざまな事業を手掛けている。創業当初は給食受託事業を請け負っていたが、事業領域の拡大を図りながら発展を続けた結果、現在は東証プライム市場に上場している。
社員寮「ドーミー」は家具備え付け、食事付き、マネージャー・寮母常駐が特徴だ。社員寮を保有していない企業に対して、必要な場所に、必要な期間で、必要な部屋数を提供しており、絶大な支持を得ている。社員寮の価値・メリットが再認識されている昨今において、過去5年間で約2500社の企業に活用され、導入企業数は増えつつある。「ドーミー」のメリットは、快適な居室空間を社員に提供できるだけでなく、社員同士の交流を通じてコミュニケーション能力の醸成が図れたり、管理栄養士による朝夕2食の食事を提供することで社員の健康管理にも大きな効果を発揮したりしている。社員寮の導入は、社員の定着にも大きな効用を期待できるというのが、本セッションのテーマである。
若手社員の価値観を踏まえた工夫が欠かせない
セッションでは最初に池田氏が登壇し、「若手の離職防止を実現するジョブ・クラフティングの戦略的な進め方」と題してジョブ・クラフティングの重要性を語った。
池田氏の研究テーマは、若手育成とチームレジリエンスだ。特に、若手育成に関しては、活躍する20代の社員が持つ習慣や、職場に若手が定着するための企業風土を探究している。本セッションでは、活躍する20代若手社員の離職防止に役立つ「ジョブ・クラフティング」とはどのような概念なのか、「ジョブ・クラフティング」をいかに進めていけば良いのかが語られた。
「近年、多くの企業が若手の育成や定着について難しさを感じています。こうした傾向は、データからもうかがえます。職場によって置かれている状況は異なりますが、統計的な傾向として若者が持つ特徴や価値観が、昔とは変化していることを考える必要があります」
池田氏が提示した特徴の一つ目は、若手社員は典型的な「仕事人間」ではないこと。自分の能力を試したい、成長したいという人の割合はかなり減っており、むしろ楽しく、そして充実した毎日を過ごしたいという人の割合が近年は上昇傾向にある。二つ目は、若いうちに苦労すべきであるという考え方に、否定的な人が増えていること。若手社員は、若いうちに頑張ってスキルを身につけたとしても、時代の変化が激しい昨今では必要なスキルが変わっていくと考えている。三つ目は、転職を繰り返してキャリア形成をするのが、当たり前になってきていることだ。もはや終身雇用という前提は存在せず、若手社員の6割近い人が転職活動を経験している。
さらに、池田氏はこう語る。
「キャリア教育を受けてきた世代が働き始めていることも大きな変化の一つです。自分が何をやりたいのか、何にやりがいを感じるのかを考えた上で会社に入社するため、職場には“意味のある仕事”を求めます」
そうした若手社員と昭和世代の上司の間には、相違点だけではなく共通点もあると池田氏は語る。その共通点とは、「仕事にはある程度の我慢が伴うものである」「努力すると報われる」「能力がある人が報われる」といった考えを持つことだ。一方、相違点はSNSによる影響が大きく、他人からうらやましがられることを求めたり、将来ではなく今この瞬間が重要だと考えたりすることだという。
「若手社員が、仕事の意味や楽しさを感じられる工夫ができなければ、『仕事がつまらない』『うらやましがられる仕事ではない』『この会社で成長できるか怪しい』と思われてしまいます。そうならないための取り組みが求められています」
ジョブ・クラフティングが若手社員の定着支援に役立つ
池田氏は、こうした若手社員が増える背景には、従業員の多様化があると指摘した。それに伴い、定着支援の難易度も増していると語る。
「以前は一社でキャリアを歩むのが一般的でした。しかし現在は、転職して社外でキャリアを形成することが当たり前になりました。さらに昔は、会社が主導して従業員のキャリアを形成していました。しかし今の時代では、自らキャリアを形成していくことが求められています。すなわち、働く人々がさまざまな目的や価値観を持っているため、従業員の定着の難易度が上がったのです」
こうした前提を踏まえて池田氏が勧めたのが、「ジョブ・クラフティング」という考え方だ。「ジョブ・クラフティング」とは、「個人が、仕事におけるタスクや関係的境界を物理的あるいは、認知的に変えること」と定義付けられている。
「簡単に言えば、ジョブ・クラフティングとは仕事を自分好みにアレンジしていくことです。なぜ必要かというと、今の若手社員が、自分の仕事に自由度が与えられて自らアレンジをすることができれば、仕事にやりがいを感じたり、その仕事が自分にとって良いものだと認識できたりするからです。それが若手社員の定着につながります」
「ジョブ・クラフティング」にはいくつかの種類がある。一つ目は「タスク次元ジョブ・クラフティング」だ。任されているタスクの質や範囲をアレンジすることで、仕事のやりがいを高めたり、自身の成長の機会にしたりすることを指す。二つ目は「人間関係次元ジョブ・クラフティング」で、他者との関わり方を変えていくことを意味する。三つ目は「認知次元ジョブ・クラフティング」で、自分の頭の中で仕事の意味づけや認識を考え直すことを指す。
さらに池田氏は、マイナスを減らすことも「ジョブ・クラフティング」に含まれると語る。例えば、マイナスを減らす「タスク次元ジョブ・クラフティング」とは、自分にとって絶対に必要なタスクだけを残すことである。また、「人間関係次元ジョブ・クラフティング」は、苦手な人との関わりを減らすことが当てはまる。「認知次元ジョブ・クラフティング」は、嫌な仕事や苦手な仕事から距離を取り、ストレスを和らげることである。
近年、注目が集まるジョブ・クラフティングだが、池田氏は企業にとってのメリットも大きいと説明する。
「一点目は、従業員がいきいきと働くのに効果的なことです。二点目は、ワーク・エンゲージメントややりがいを感じられて、従業員の幸福感を高めてくれること。三点目は、高いパフォーマンスをもたらすことです」
しかし、マイナスを減らす「ジョブ・クラフティング」がうまく機能しないケースもあると言う。実際に、組織で必要とされている仕事まで減らしてしまえば、他の誰かに皺寄せがきてしまう。また、短期的な成長につながらないと思い、やらなかった仕事が長期的な成長には必要であったということもあり得る。あるいは、必要なコミュニケーションをなくすことで、仕事がうまくいかなくなることもあるという。自分勝手に「ジョブ・クラフティング」を進めるのではなく、上司や先輩と相談しながら実行していくべきだと池田氏は語る。
職場に「ジョブ・クラフティング」を促すにはどうすればいいのか。導入を促進する上で、どのような課題と障壁が存在するのか。
「第一の課題は、従業員が『ジョブ・クラフティング』を許可されても、具体的に何をすれば良いのかを理解できないことです。特に、若手社員や新卒社員、あるいは仕事が細分化されている職場では、この傾向が顕著です。目の前の業務が誰の役に立っているのか、全体像を把握しにくいことが原因と考えられます」
池田氏は、こうした課題を解決するために「ジョブ・クラフティング」の概念を共有して、従業員同士で仕事の振り返りを行うことが重要だという。
「たとえ『ジョブ・クラフティング」という言葉を知らなくても、日頃から仕事を面白くするために、あるいは成長するために、誰もが何らかの工夫をしているはずです。その事例を共有し、互いに学び合うことで、各自が目指す『ジョブ・クラフティング』の形を見つけることができるでしょう。
第二の課題は、周囲に煙たがられることです。『ジョブ・クラフティング』は、アディショナル(付加的)な仕事になるため、同じ仕事をする人に良さを示したり、他人を巻き込んだりしながら、うまくやる必要があります。ただ、そういったノウハウは公式の場で誰かから習うものではないことが多い。むしろ、インフォーマルなコミュニケーションの中で誰かと雑談をしながら学びたいものです。昔は飲みニケーションの中で学べたのでしょうが、現在は、社員寮などのコミュニティを活用しながら学んでいくことが必要です」
インフォーマルな関係づくりが、若手社員の離職防止につながる
次に、共立メンテナンスの井上氏が登壇し、早期離職防止に有効な福利厚生・社員寮サービス「ドーミー」について説明した。井上氏はまず、池田氏の講演を振り返り、改めて若手社員の離職防止のポイントを提示した。
「まずは若手社員の価値観を認識することが重要で、特に共通点と相違点を理解することと、仕事への意味づけと楽しさを感じるための工夫をする『ジョブ・クラフティング』が有効だと池田先生はおっしゃっていました。弊社でも、若手社員の方が視野を広げ、いきいきと働くことができる環境を会社が整えていく必要があると認識しています」
その実現に向けて、社員寮にはどのような効用があるのか。井上氏が提示したポイントは二点。一つは、社員寮が社員の視野を広げていくきっかけづくりの場となること。もう一つは、心理的安全性の向上だ。
「生活を共にする場を提供することで、社員同士の縦・横のつながりを構築できます。これが、社員寮の強みです。コミュニケーションを活性化させ、さまざまな人と交流を図ることで、視野が広がります。また、心理的安全性が高まるので、若手社員のモチベーションがアップし、エンゲージメントの向上や離職防止にも効果的です」
井上氏からは導入事例が二件紹介された。一つはフジテック株式会社の事例だ。同社では、新入社員や単身赴任者など幅広い年齢層が利用しており、施設内にはプライベートな空間だけでなく、食堂や大浴場などの供用設備も用意されている。それにより、年次や部署を越えた交流ができるようになったという。気軽に相談できる環境を整えることで、社員の親和欲求を満たしている事例と言える。
もう一つは、株式会社アデランスの事例だ。同社では、新入社員や若手社員が、研修時から社宅として利用し、配属後も多くの社員が住み続けるという。研修期間中は横のつながりを構築し、配属後も同期同士の横のつながりを強化することで、エンゲージメントの向上が実現した。
さらに、井上氏は社員寮「ドーミー」を導入することで得られるメリットを解説した。
「一つ目は、採用力の向上です。生活をサポートする福利厚生として社員寮制度があることをアピールできます。二つ目は、社員の成長です。共同設備を利用することで、社員間のコミュニケーション機会を創出できます。三つ目は、社員の家事負担の軽減です。食事の提供や共用部を利用することで、時間を軽減できます。四つ目は、自社が社員寮を運営する際に発生する空室リスクの軽減です。『ドーミー』であれば、必要な時間・期間・室数だけを借りられます」
講演の最後には、池田氏の社員寮「ドーミー」に対する以下のコメントで締め括られた。
「若手の離職を防ぐ上で、インフォーマルなコミュニケーションを行い、社内ネットワークを維持しながら、『ジョブ・クラフティング』を行っていくことは大切です。飲みニケーションが取りづらくなっている中で、社員同士のタッチポイントを作る難易度は上がっていますが、社員寮はその一つの解決策になっていると実感できました」